自分で食べるお米はつくろうという旅〜米騒動は続くのか?
お米の値が下がった、上がった、新米は高くなる見込み・・・等々、これまで十分供給され(ていたように思っていた)、普通にストレスなく購入していたお米の行方に不安が多い今。自分の家族が食べる分くらいを自給したいね、という動きが密かに広がっている?ように思えます。私も同じように考えて、トライしたいと実は思っています。
今年の7月末、同じように考えている友人に誘われて千葉県の佐倉市で共同米作を募集している田んぼを見学に行ってきました。

オーナーは都心のど真ん中でレストランを営業しているご夫婦だそう。
耕作放棄地になってしまったこの土地を地主さんから借り受け、さらに今後、開拓をしながら水田オーナー制度を運営しようという企画を前に、関心ある人たちを案内してくれました。
この水田で基本的に無農薬でお米をつくりたいという。自分たちで食べる量だけが目標だから、収穫量の多さを優先させず、生態系が循環する環境にやさしい米作でやりたいという方針です。
賛成。やりたい。
・・・でも💦
私は昨年、狛江市の事業で棚田オーナー制度に参加し、新潟県長岡市川口地域で初めて田植え体験しました。私たちは体験なので半日、少しだけの田植えでしたが、それでも大変だった〜。
そして秋には収穫。こちらも手作業なので、手間がかかる。
でも手をかけたお米は美味しいし、刈り取った稲を逆さまにしたはざ掛けの景色もthe Japanの光景で郷愁たっぷり、美しいです。

何を言いたいのかというと、こうした米作の作業が機械化されてはいても、農業は想像するより大変だろうなと思ったのです。気候は変わっているし、天災はあるし、虫もつけば稲が病気にもなる。生き物を扱い、自然の恵みを経済システムにのせて換金し、事業としての利益を得ながら、かつ社会の人たちに食を十分に提供する責務も担っている。
私は自分の家族分だけお米をつくりたいのだけど、実はそれもそんなに簡単ではないだろうなと、リアルな田んぼを前に、しみじみ思ってしまったのです。今年は社会福祉士の勉強もしているし、仕事としてもまだ2期目で余裕がないしで、もう少し本業が余裕をもってできるようになった時(そんな時あるのかなあ(^◇^;))にトライしようと、二の足を踏んでしまいました。

そして結論としては、今の米騒動の原因は、日本の農政の失敗にあると思います。
この国の安全保障として防衛だけは議論なく予算増額する一方ですが、
本当の国家安全保障で力を入れていくべきは、食糧とエネルギーの自給であるはずです。
担い手が高齢化していなくなっている、耕作放棄地が増えている、気候危機で作物の収穫量が減っている、、めちゃくちゃ不安。食べられないと生きられない。
担い手不足なら、農業や水産業、一次産業にプライドを持って仕事に就ける若手を育成するような方針とか、きちんと食べていけるような保障とかが必要で、ざっくりしていますが、営利目的だけの経済活動と同じ次元で一次産業を考えることはやめた方がいいとも思います。
自然と向き合う産業は社会全体の共有財産。生きていくのに必要な産業を、ある程度税金で支えていく。
そんな考え方を育てることも大切だと思う米騒動の夏です。

